トウガラシと、ピーマン、パプリカ

トウガラシ(唐辛子)は、現在のメキシコ付近の中央アメリカ原産とされる。紀元前5000年にはすでに栽培されていた古い植物である。コロンブス西インド諸島に到着したとき、緑色のトウガラシをみて、それを最初コショウと間違えたらしい。ただ、いくら緑色といってもトウガラシとコショウは姿形がだいぶ違う。実際のところはインドに上陸したつもりでいたので「インドにはコショウがある」という思いからの思い込みかもしれない。どちらにしても、食べてみるとトウガラシとコショウの違いは歴然。両者刺激が強い点は共通であるが、トウガラシのもつストレートな辛さはコショウにはない。

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トウガラシ

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コショウ。枝の先にブドウの房のようになったコショウ果実。コロンブスは乾燥したコショウの実しか知らなかったのか。



 

スペイン語でコショウを意味する「ピメンタ」に対して、「ピメント」とトウガラシを呼んだ。ピメンタは女性形、ペメントは男性形。同じスパイスなので共通の名前だが、より強く荒々しいトウガラシを男性に見立てた。

 

 

ちなみに、ピーマンはこのピメントから来た名前。ピメントをフランス式に発音すると、語末の子音を発音しないのでピマンもしくはピーマンになる。日本でピーマンというと辛くないが、ピーマンには実は辛いものも辛く無いものもどちらもあり、トウガラシの仲間。トウガラシには辛いのと辛く無いものがある、とするのが正しい。

 

 

英語ではコショウもトウガラシも「ペッパー」。区別するときは、トウガラシをホットペッパー。つまり「辛いコショウ」。英語では「辛い」と「熱い」をともにホットと呼び区別しないのは、もともとトウガラシのように食べられないくらい辛い食べ物がなかったから。最近は料理にトウガラシが多用されるようになり、この辛みを表すのはhotではなく、pungent(〈味・においなどが〉刺激性の、 刺すような)という形容詞が使われるようになった。じつはじつは、日本語も同じ。塩にもトウガラシにも同じ「辛い」という形容詞を使う。同じ言葉で表現している。

 

 

もともとアメリカ大陸中南部地域以外では世界中でトウガラシ的な「辛い」食べ物がなかったので、それを表現する言葉はなかった。
原産地でトウガラシを「アヒ」、もしくは「チリ」と呼ぶので、英語でチリペッパーと呼ぶことはある。なお、このチリは国名のチリとは全く関係ない!

 


日本でピーマンというと辛くないものを指すが、それは日本でピーマンとフランス式になっているように、ヨーロッパから伝わってきたからである。フランスのトウガラシ(つまりピーマン)に辛みがない。ヨーロッパでは辛いトウガラシは辛すぎて受け入れられなかった。

 


ヨーロッパの一部、イタリアや南フランスなどの地中海沿岸地域で辛いトウガラシは料理に用いられるが、韓国、タイ、インド料理ほど辛い料理はない。それより北、ヨーロッパ中心から北にかけて辛いトウガラシの影響はない。(例外だと、東欧のルーマニアの山間部では強烈に辛い、小さな青色トウガラシを生のままかじりながらスープを飲むことがある)

 

 

ヨーロッパ中部にあるハンガリーは料理にトウガラシを大量に使うヨーロッパの唯一の国。国民食であるグヤーシュ※というスープ。大量のパプリカ粉末を加えるので、赤いトウガラシ色をしているので、見た目は辛そう。でも、食べてみると辛みはほとんど感じない。※ ハンガリアン・グヤーシ: 牛肉と玉ねぎ、じゃがいも、人参などの野菜を煮込んだスープ。

 

 

パプリカはハンガリーで生まれている。パプリカという名前は、ギリシャ語のペペリ or ピペリ(ペッパーと同源)がバルカン半島に伝わるとき、ピペルケ、ぺぺルケ、パパルカ・・・と変化してパプリカになった。当初トルコから伝わったパプリカは辛みの強いタイプだった。それでもコショウよりはるかに安価で、スパイス効果が得られたため牛肉の料理に合い、最初のうちは我慢して食べられていた。

※ パプリカ: トウガラシの栽培品種の一種。赤・黄・オレンジ・紫などさまざまな色があり,肉厚で甘味が強い。

 

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パプリカ。

 

トウガラシの辛味成分カプサイシンは、種子が付いている隔壁のところから分泌されるので、ここをハンガリー人は収穫の時に取り除いて使っていたという。その後、辛み成分を減らそうと品種改良がすすみ、香りがよく辛みがマイルドな現在のパプリカとなった。ハンガリーのパプリカ(トウガラシ)は、スペイン人やポルトガル人によって新大陸から直接持ち込まれたわけではなく、インドにあったポルトガル植民地にオスマン帝国が侵略した際にトルコ人が入手し、そのトルコ人ハンガリーを占領した16世紀に持ちこんだとされる。その後、ハンガリーで長い時を経て現在のパプリカになっていった。

 

出典

世界の野菜を旅する (講談社現代新書) | 玉村 豊男 |本 | 通販 | Amazon