ジャガイモは新大陸からの贈り物

ジャガイモはアメリカ大陸原産。ヨーロッパへ伝えられたのは大航海時代の16世紀であるものの、広く食べられるようになったのはそのずっとあとでのことである。

 

ジャガイモは紀元前3000年前に栽培化された古い植物。原産地はアンデス山地で、原種は特定されていないがペルーからボリビアにかけての高地の野生種とされる。この地域の先住民の食糧として、とうもろこしが重要であったが、それに次ぐ。とうもろこしより標高の高い山地でも栽培できる特性と、チューニョとして通年保存できる利便性をもつ。インカ帝国の礎を築いた点でも重要であった。

 

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チューニョとは、フリーズドライ(凍結乾燥)による保存ジャガイモ。寒暖の差が大きい高地では、イモ をよる外に出しておくと凍結する。それを昼、太陽で溶けたところを足で踏んで水分を出す。これを何日か続けると、完全に水分の抜けた乾燥ジャガイモになる。インカ帝国ではこれを大量につくり、各地の倉で保存し、必要に応じて民に配給して治安維持にも、軍隊の兵糧としても活用できた。

 

ジャガイモがヨーロッパに伝わったのは1532年。フランシスコ・ピサロのスペイン軍がペルーを蹂躙し、もち帰ったジャガイモを当時の教皇に献上した。コロンブスはこれより先に西インド諸島に上陸しているが、カリブ海の島にはジャガイモはなかった。サツマイモはあったが。高地のジャガイモはこの時点でメキシコ半島でも知られていなかった。

 

サツマイモもアメリカ大陸原産の重要作物であり、伝搬時期もジャガイモと同じかそれより前であるにもかかわらず、ジャガイモの現在ヨーロッパ料理に溶け込んでいるの対し(むしろ何千年も前からあるような)、サツマイモはそれほどであり、何か異国情緒ある野菜である。これはジャガイモの寒冷気候への適応力の差だろう。

 

この頃伝わったイモ類、ナス科のジャガイモやヒルガオ科のサツマイモと共に、キク科のキクイモ(トピナンブルー)が新大陸からの伝わり、むしろこちらの方が最初のうちは人気があった。その後はご存知のように(なのか、ご存知でないように)ふるまっていない。 結局、ジャガイモだけがヨーロッパで不可欠な作物として地位を獲得したことになる。

 

ジャガイモは最初普及のスピードが遅かったが、その理由は当時のイモが小さくて不味かったことが挙げられる。苦みも強かったし、消化も悪かった。最初はクリのように焼いて食べてられていた。小さいから皮ごと食べ、それゆえ泥臭いので、スープに入れられない。

 

アンデスの先住民には品種改良という概念がなく、大きくて形のよいイモは食べて、姿の悪いものが種イモとして植えられた。しだいに品質が劣化しヨーロッパに伝わったものは皮も剥けない小さいイモだったとか。

 

ヨーロッパの中部北部の寒冷な地域では生命力の強いジャガイモが多くの飢饉を救った。戦乱や飢餓のたびに、救荒作物ジャガイモの作付け面積は広がった。比較的温暖な地域でも栽培が可能で、小麦の不作があると需要が増す。じわじわとまずいジャガイモが広まっていったのである。1760年以降は品種改良も積極的に行われるようになり食味も向上した。さらに19世紀末に品種は急増し、現在では数千を超える。